
第30回
| ◇青森県教育委員会教育長賞 ものは考えよう―「偽史日本伝―苦労判官大変記―」を読んで 八戸市立第一中学校一年 中山 啓 |
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今の日本の歴史は、ほとんどが古い書物などから分析し、結論づけられたものであろう。しかし、その基となっている書物は、すべて本当のこと―真実―を書いているのだろうか。 この本を読んでいるうちに、そんな気がしてきた。もちろん、偉い学者が何人もかかって、何十年もかかって研究したものだから、学校で習っている歴史に、大きな誤りはないだろう。しかし、「もしも、あのことがこうなっていたら」などと考えて、ストーリーを展開していくと、二倍も三倍もおもしろいものになる。この本は、日本の歴史を「もしも〜だったら。」と発想転換させることで新たなストーリーを生み出したものだ。 「源義経と呼ばれた美しい若武者の正体は実は町のチンピラ、本物の義経は弁慶その人であった。」という発想から始まるこの話。弁慶(本物の義経)は、平家を倒そうとする兄達に協力したいのだが、自分の外観にコンプレックスを持っており、身代わりとなる「偽義経」を探していた。そこで、京の五条大橋で出会ったチンピラに、偽義経を演じてもらうことにしたのだ。初めはいやがっていたチンピラだが、好条件に興味をひかれ、結局偽義経を演じることになった。この奇妙な組み合わせの二人は、いろいろな戦で活躍し、地位もどんどん上がっていった。が、それがおもしろくなかった兄・頼朝は、平氏を倒した後、義経を討つための兵を挙げたのである。 チンピラの偽義経が戦いぬく覚悟を決めたところで、弁慶は驚くべきことを言いだす。偽義経に逃げろというのだ。自分ひとりが助かるわけにはいかない、と怒る偽義経と討論しているうちに敵の攻撃が始まってしまう。弁慶は自分の身体を盾にし、偽義経を逃がしたのだった。 弁慶が、自らの命を犠牲にしてまで、偽義経を逃がそうとしたのはなぜだろうか。従来の歴史ならば、「弁慶が義経に敬服していたから。」という説明で片づくが、この本の場合、偽義経のことを弁慶が敬っていたわけではない。別に逃がす必要はないのだ。自分が偽義経を討ち取り、頼朝側へ寝返れば、「武蔵坊弁慶」として、もっと長く生きることだってできた。それなのに、なぜ弁慶は義経を逃がそうとしたのだろうか。チンピラを戦いのドロドロの中に巻き込んでしまったことに対する謝罪の気持ちとか、そういったものではないことは確かだ。もっと、心の奥からにじみでてくる何かだと思う。そして、それは、信念・友情・尊敬など、理屈では説明できない特別なもののような気がする。 弁慶(本物の義経)は、自分の都合で他人の命をもてあそぶ武士の生き方をすてたのだ。だれの命もみな大切である。というごくあたりまえのことに気づいたから。そして、一人の人間として、誇りを、尊厳をもって生きぬき、死んでいこうとする覚悟ができたのだ。 それにしても、このように、見方や考え方を変えるだけで、定番となっているもの、あたりまえに見えていたものも、よりおもしろく、より複雑になっていく。それは何も「歴史」だけに限らない。「生き方」についても同じことが言える。どんなにつらい時、つらいことがあっても、前向きな明るい気持ちで向かって行けば、乗り越えやすくなる。 僕は、小学校のころ、よく父に「おまえは一言多い。」と注意されていた。そのつもりはないのだが、なんとなく水を差すような発言をすることがあったらしい。考えてみれば、楽しいことや明るい雰囲気は好きだが、それを作りあげようとはしていなかった。それで、二、三年前から、自分に何ができるかを考え、実行するように心がけている。それは、大げさに言えば「前向きに生きる」ということだ。おかげで、たくさんの宿題が出て辛い時も、「いくら時間がかかっても、必ず終わる。」と考え、がんばれるようになった。そして、やり終えた時には、ささやかではあるが、達成感を感じることができた。たとえば、海で遭難して助かるのは、「きっと助かる。」と前向きに考え、あきらめなかったからではないだろうか。 「物は考えよう。」 この言葉は、なかなか深い意味があり、いろいろなことに通じている、と改めて感じた。 発想の転換をすることは、この物語のようにものをおもしろくするだけではなく、より複雑に、より深く考えることにつながっていく。そして、人生に大きく関わっている、ということに気づいた。 何かに苦しみ、くじけそうな時こそ、その行づまった見方を捨て、新しい方向からものごとをとらえていきたい。今、僕はそう思っている。 【評】『偽史日本伝』は定説となっている歴史を新たな発想から創作した作品。この作者の発想の転換を「歴史」から自分の「生き方」「生活の向上」にまで広げ、考えていこうとする前向きの姿勢が感想文を魅力あるものにしています。 喜びの言葉 中山 啓 僕はふだん、あまり本を読んだりすることがありませんでした。しかし、今回、読書感想文を書いて、初めて物事を深く考えることができました。これからも、積極的に本を読み、多くのことを学び、そして成長していきたいと思います。 指導者=田中 昭子 中山君は、物事の受け止め方が柔軟で、豊かな発想を持った生徒です。今回の感想文も、鋭い切り口で主題に迫る、ユニークな展開の作品で、「中山君らしいな」と思いました。今後の成長を楽しみにしています。 |