第31回

いかに伝えるか 八戸市立江陽中校長 伊藤 博章
 応募された感想文の一編一編に、その子ならではの感性が映し出され心ひかれる。
 小野亜貴子さんは三年連続の県知事賞となった。読書によって鍛えられた思考の確かさが語彙や表現力の豊かさに支えられ、読み応えある感想文に結実している。見事というほかない。
 ところで、構成もいい、文章力もあるが、なぜか書き手の思いが伝わってこない感想文がある。なぜか。最後まで自分の言葉でまとめきれていない。気の利いた言い回しが文章の流れを台無しにしている場合が少なくない。自分のものになっていない借り物の表現は説得力をもたない。反面、表現技術は拙いが心打つ感想文もある。要は自分の思いを自分の言葉でいかに分かりやすく、具体的に表現することができるかである。
 厳密にいえば感想文の書き方などない。自分の感動をいかに活字によって読み手に伝えるか、ただそれだけである。もちろん、そのためには読みとった内容について考えをめぐらし、自分の感想をきちんともつこと、それらを表現する技術も必要ではある。
 今回、審査にあたって、例年になく強く感じたことは、感想を書く視点が非常に似通っていたという点である。特に「幸せとは何か」「命の尊さ」「生きることの意味」をテーマにしたものが大変多かった。
 昨今の深刻化する少年非行や凶悪な事件への思いが、子どもたちのものの見方や感じ方に少なからず影響を与えているように感じた。思春期のただ中にいる中学生だからこそ、じっくりと活字に親しむ環境を大切にし感性を育みたい。