着工 大間原発
| (下)課題 不透明な運転開始時期 | |
| (2008/05/30) | |
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新型転換炉(ATR)計画から数えて十八回の計画変更があった大間原発計画。 二〇〇三年八月に「〇六年八月着工、一二年三月運転開始」が示されたが、着工は三度延期された。ようやく着工を迎えたが、五年七カ月を想定した工期は三年十カ月と一年半以上も短縮となり、計画通りに運転開始されるかは不透明さが残る。 五月二十八日、町議会大間原発対策特別委員会の席上、電源開発(Jパワー)の林耕四郎大間現地本部長は運転開始時期について「非常に厳しい」との認識を示した。一方で「現時点ではこの工程を目標にしている」と計画を堅持する考えをあらためて強調した。 ◇ ◇ 同町の「大間原発に反対する会」の佐藤亮一会長は「プルサーマル計画のために絶対造らなければならない―という強引さが目に付く」と指摘。プルサーマルや高レベル放射性廃棄物の最終処分地選定に見通しが立っていない現状で、建設を進める動きを批判した。 だが、既に原子炉の設置許可を受け、本体建設の段階に入った。六月にはサービス建屋の基礎掘削が始まる見込み。 佐藤会長は「ここまできた以上、避難道路と風評被害の問題は避けて通れない。今後はそれを訴えていく」と、今後も反対運動を展開していく考えだ。 一方、大間町から海を隔てた函館市の市民団体「大間原発訴訟の会」は六月に、国に対して異議申し立てをする方針。却下された場合には許可取り消しを求める行政訴訟と、原発の建設差し止めを求める民事訴訟を起こす構えだ。 ◇ ◇ 大間原発の炉心予定地からわずか三百メートルの土地に、原発に反対したまま〇六年五月二十一日に亡くなった熊谷あさ子さんのログハウス「あさこはうす」がある。〇三年、熊谷さんの土地を買収できなかったJパワーは、炉心位置の変更を余儀なくされた。 熊谷さんの三回忌を間近に控えた五月十日、長女の小笠原厚子さん(53)が北海道から同町に帰省していた。 ログハウスの周りに広がる畑の手入れをしながら、母の遺志を継いだ小笠原さんは、こう語った。 「母の思いを全部はかなえられないかもしれないけど、一歩一歩頑張っています」 ゆくゆくは「あさこはうす」に居を移し、「原発に頼らなくても生活できる」ことを、自ら伝えていきたいと考えている。 (小沢俊彦、川守田将和が担当しました) |
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